非常識の中の常識

 アメリカにいると常識は一体何なんだ、非常識だと憤慨することが多い。

お店に行って、特に、下着とか買おうと思うと、パッケージを開けて、気に入らないとそのまま、棚に戻す人が多い。

私は、長野の田舎で育ち、小さいころからお店に行ったら、母から、商品にかってにさわらないように、買ってもいないのに開けてみるなんて言語道断!誤って、壊したりしたら弁償しないといけないと教えられてきた。

「開けたら買わないといけないんじゃないか???」

政治的見解の違いから、マスクをするとか、しないとか、「そんなこと常識じゃないかっ?」てことが、すごく複雑な問題だったりする。

さて、更に、私の葛藤は、エスカレートした。



この頃、ハンドサニタイザーが至る所に置いてある。ポンプ式のもあるが、ボトルをそのまま置いてあるところも多い。何が、私の葛藤かというと、ボトルの蓋を開けて、そのままにしておく人がいることである。アルコールが、抜けて、効き目がなくなるじゃないかというのが、私の根底にある思いである。よく行くPTAの集まりがあって、そこにハンドサニタイザーのボトルが置いてある。それで、それを見るたびに、蓋を閉めるのである。最初の一、二回は、仕方ないなあという思いだった。それが、何回も続くと、もう、我慢できないので、ステッカーを張った。「Please close the cap after use! ( 使ったら、蓋を閉めてください)」それでも、一向に、効き目がなかった。ひとつ、わかったことは、特に、蓋を閉めないのは、バングラデシュ人とメキシコ人の英語があまりわからない二人であることが、わかった。それで、google translateを使って、蓋を閉めるように言った。二人とも、わかった、わかったというが、一向に変化がない。相変わらず、蓋が空いているのである。

もう、それで、頭にきたので、ハンドサニタイザーをゴミ箱に捨ててしまった。一件落着かと思いきや、その後、すごくうしろめたい気持ちになった。


それで、自分で、自分の行動を分析してみた。

まず、蓋を閉めない人をコントロールしようとしている。

ステッカーを張る→批判

ハンドサニタイザーを捨てる→血気怒気


本当の幸せ、喜びを得るために、他人を変えようとして、他人の行動の奴隷になるのか、自分が、選択をする自由を持つ、自分が幸せになるパワーを持つのか、まずは、自分に正直になることから始めることが大切である。

私の場合、ステッカーを張ったり、誰が蓋を閉めないのか突き止めて、わからない言語を使って説明して、結局、ハンドサニタイザーをまた購入しなければ、いけないのなら、最初から自分のハンドサニタイザーを常備して、それを使えばよかったと思った。


こういう人たちをコーチしています!

・夫、あるいは子供たちが、言うことをきいてくれない

・夫婦、親子関係に悩んでいる


などなど、いつでも声をかけてください!








コメント

人気の投稿

嫁姑こじれた私の場合

なぜファミリーヒーリングが必要なのか

仮面の下の私

過保護かつ過干渉な親

夫怒る